コラム Column
弁護士(第二東京弁護士会)。
2017年に弁護士法人Martial Artsに入所し、不動産トラブルや賃貸借契約書に関する業務をはじめ、多分野にわたる法律業務に従事している。
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【相談】賃貸物件の部屋内で自殺等があった場合、その部屋の隣室や階下の部屋の賃貸にあたっても告知義務はありますか。
東京都内で単身者向けのアパートを所有し、賃貸に出しているのですが、アパートの一室で入居者が自殺してしまいました。亡くなったことは大変残念なのですが、自殺があったことはその後の入居者に告知しなければならず、賃料を減額せざるを得ませんので、その分は入居者の相続人の方に請求することになりました。
自殺のあった部屋の隣室や階下など別の部屋でも新しい入居者を募集する予定なのですが、隣室や階下の部屋の入居希望者にも、別の部屋で自殺があったことを告知する義務はあるのでしょうか。告知義務があるのであれば、隣室や階下の賃料も減額せざる得ないと思いますので、その分も入居者の相続人に請求したいと思っています。
【回答】自殺のあった部屋の隣室や階下など、別の部屋の入居希望者に対する告知義務はないと考えられるでしょう。
賃貸物件内の自殺等について告知する義務があるかは明確な基準がなく、ケースバイケースで考えられます。
アパートの一室で発生した自殺について、自殺発生後その部屋の最初の入居者に対して告知義務があることには異論がありません。
自殺の発生した部屋の隣室や階下の部屋についても、他の部屋での自殺が分かれば多少なりとも嫌悪感を感じるものですが、本件のような都内の単身者向けアパートの場合であれば、法的な告知義務があるとはいえないと考えられます。
【解説】
賃貸物件内で入居者が死亡した場合、その物件に住むことには嫌悪感を感じることがあります。そのような物件では、心理的瑕疵があるとして過去の入居者が物件内で死亡したことを入居者に告知する義務が発生します。
物件内で入居者が死亡した場合に心理的瑕疵として告知義務あるかどうかは、死亡原因が自然死・病死、自殺、他殺のいずれであるか、死亡からどの程度期間が経過しているか、契約形態が賃貸か売買か、事業用物件か居住用物件か等の具体的事情により、個々に判断されます。賃貸物件内で自殺があった場合は、心理的瑕疵があるとしてその部屋の次の入居者に対する告知義務があると考えられることが多いです。
自殺の発生した部屋の隣室や階下の部屋の告知義務について判断した裁判例として、東京地判平成19年8月10日LLI/DB判例秘書登載があります。同裁判例は、賃貸物件の室内で借主が自殺し、貸主が借主の相続人等に損害賠償を請求した事案における判断です。
まず、自殺があった部屋について、直後の入居者に対しては告知義務を肯定しましたが、それ以降の入居者に対しては、下記事情を考慮して、事故直後の入居者が極短期間で退去したといった特段の事情のない限り、自殺の発生を告知する義務はないと判断しました。
①自殺事故による嫌悪感も、もともと時の経過により希釈する類のものであると考えられることに加え、一般的に、自殺事故の後に新たな借主が居住をすれば、当該借主が極短期間で退去したといった特段の事情がない限り、新たな借主が当該物件で一定期間生活をすること自体により、その前の借主が自殺したという心理的な嫌悪感の影響もかなりの程度薄れるものと考えられる ②建物の所在地が東京都世田谷区という都市部であり、2階建10室の主に単身者を対象とするワンルームの物件であることから、近所付き合いも相当程度希薄であると考えられる ③自殺事故について、世間の耳目を集めるような特段の事情があるとも認められない |
そして、隣室と階下の部屋については、「自殺事故があった部屋に居住することと、その両隣の部屋や階下の部屋に居住することとの間には、常識的に考えて感じる嫌悪感の程度にかなりの違いがあることが明らか」であり、このことに加えて、上記①~③の事情を合わせて考慮すると、他の部屋で自殺があったことを賃借希望者に告知する義務はないと判断しました。
この裁判例の事例と異なり、例えば建物が地方に所在する家族向けの物件で近所付き合いも多いと考えられる場合や、自殺事故がセンセーショナルに報道されてしまった場合等であれば、告知義務の存否について別途検討を要すると思われます。
なお、上記裁判例以外にも、自殺の発生した部屋の隣室や階下の部屋の告知義務を否定した裁判例が見られ、例えば、東京地判平成26年8月5日LLI/DB判例秘書登載は、自殺のあった部屋の隣室の居住者が、自殺について「何らかの感情を抱くことは否定できない」としながらも、賃借希望者に対して別の部屋で自殺があったことを告知する義務があるとはいえないとしています。
本件においても、自殺のあった物件は都内に所在する単身者向けのアパートということですので、自殺のあった部屋について告知義務があることはともかく、その隣室や階下の部屋については告知義務はないと考えられます。
よって、隣室や階下の部屋の賃料減額について借主の相続人に損害賠償を請求することはできないでしょう。
なお、令和2年2月から国土交通省において「不動産取引における心理的瑕疵に関する検討会」が開催され、心理的瑕疵に係る適切な告知、取扱いに係るガイドラインの策定に向けた検討が行われました。
その結果、令和3年10月8日に国土交通省より告示事項のガイドラインがだされました。
今まで不透明だった告知事項について一定のガイドラインが出されたことは、トラブル防止の観点でも大いに役立ちます。
詳しくは宮川弁護士の解説「【弁護士解説】事故物件の告知義務はあるか?国土交通省ガイドラインのポイント」をご確認ください。
また、もし不動産に関連したトラブルなどに遭ってしまった場合は、弁護士などの専門家に相談することをオススメいたします。
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