コラム Column
弁護士(第二東京弁護士会)。
2017年に弁護士法人Martial Artsに入所し、不動産トラブルや賃貸借契約書に関する業務をはじめ、多分野にわたる法律業務に従事している。
【相談】賃貸物件をオーナーチェンジしたとき、敷金やそれまでの借主の滞納賃料はどのように取り扱われますか。
初めての不動産投資として借主がついている中古の賃貸マンションをオーナーチェンジで購入し、貸主の地位を引き継ぎました。契約時、敷金の取り扱いなどについては何も聞いていませんでした。
購入してから分かったのですが、前のオーナーのときに借主は1か月分の賃料を滞納していたようです。そのことを借主に指摘すると、新しい貸主には払う必要はないし、払う必要があるとしても敷金があるからそこから払ってくれればいいじゃないかと言われてしまいました。
さらに、その借主は、来月退去するから、退去したら敷金を返してくれと言ってきています。前のオーナーから敷金については何も聞いていないのですが、私が敷金を返さなければいけないのでしょうか。
オーナーチェンジのときの敷金や滞納賃料の取り扱いについて教えていただければと思います。
【回答】判例の考え方では、オーナーチェンジ時に敷金は滞納賃料に充当され、新貸主が敷金の返還義務を引き継ぎます。
前貸主に敷金が差し入れられていれば新貸主が敷金の返還義務を引き継ぐことになりますが、新貸主が敷金返還義務を引き継ぐ範囲については、判例の考え方と実務上の取り扱いに違いがあります。
判例ではオーナーチェンジ時に敷金は滞納賃料に充当され、残りの部分について新貸主が敷金の返還義務を引き継ぐと考えられていますが、実務上は充当せず敷金全額について新貸主が返還義務を引き継ぐとするものが多いです。
いずれにしても、前貸主のもとで生じた滞納賃料について新貸主が借主に支払いを請求することはできません。
まず、前提として、賃貸中の物件を購入したとき、貸主の地位はどうなるのでしょうか。
売買等で賃貸中の物件の所有者が変わった場合、前所有者と借主の間の賃貸借契約について借主が対抗要件を備えていれば、その賃貸借契約は法律上当然に新所有者と借主の間に移転し、新所有者は貸主の地位を引き継ぐのが原則です(大判大正10年5月30日民録27輯1013頁)。従来から確立した判例法理でしたが、民法改正により明文化されています(民法605条の2第1項)。
建物の賃貸借であれば、その建物の引渡しがあるだけで対抗要件を備えることができますので(借地借家法27条)、賃貸建物が譲渡された場合は通常は賃貸借契約も移転し、新所有者することになります(なお、貸主の地位を前所有者に留保する合意をすれば移転しないことも可能です。民法605条の2第2項)。
賃貸中の物件を購入するときは貸主になることを承知の上で購入される方がほとんどだと思いますが、仮に知らない場合であっても、新所有者は貸主の地位を引き継ぎます。
敷金とは、賃貸借契約から生ずる借主の貸主に対する金銭債務を担保するために、借主が貸主に対して預ける金銭です。未払いの賃料や、退去時の原状回復費用などに充てられ、残った額は借主に返還されます。
貸主は余った敷金を借主に返還する義務を負うことになりますので、オーナーチェンジの場合は前貸主がいったん返還するのか、新貸主が返還することになるのかが問題となります。
この点につき、改正民法605条の2第4項は、賃貸物件の譲渡に伴って貸主の地位が移転した場合は、新貸主が敷金の返還義務を承継すると定めています。この条項も、従来の判例法理(最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)を明文化したものです。
そうすると、オーナーチェンジのときには、前貸主が借主から預かった敷金をそのまま引き渡してもらうか、物件の売買代金を決める際に敷金分を控除する等の対応をしなければ、新貸主は自分は預かっていないにもかかわらず敷金を返還しなければいけないという事態になりかねません。このように新貸主が損をすることの無いよう、賃貸物件を購入する際は敷金の取り扱いについても必ず確認するようにしましょう。
では、新貸主は敷金全額について返還義務を引き継ぐのでしょうか。
敷金承継の範囲について、上記昭和44年の判例では、オーナーチェンジ時に前借主のもとで生じた滞納賃料等に敷金が当然充当され、残った分について新貸主に引き継がれると判示していました。
しかし、賃貸実務では、オーナーチェンジ時に敷金を滞納賃料等に充当することなく、新貸主が敷金全額について返還義務を引き継ぐとしていることが多く、この判例には批判がありました。
このような状況を踏まえ法改正の際、敷金返還義務を新貸主が引き継ぐこと自体は605条の2第4項で明文化されましたが、充当については明文化が見送られ、解釈や当事者間の合意に委ねられることになっています。
上記昭和44年の判例のとおり、滞納賃料等に敷金が当然充当されるというのが判例法理ですが、実務ではそのような取扱いをしていないことが多いことは先に述べたとおりです。実務上の取り扱いを前提とすると、敷金は全額新貸主に引き継がれ、滞納分の賃料債権はあくまで前貸主が持つことになります。
つまり、いずれにしても前貸主のもとで生じた滞納賃料債権が新貸主に引き継がれることはありませんので、新貸主が借主に前貸主の元で生じた滞納賃料を請求することはできません。
本件相談のなかで、滞納賃料は敷金から払ってくれと借主から言われている部分があります。そもそも新貸主は前貸主の元で生じた滞納賃料を借主に請求することはできないことは置くとして、借主から貸主に対して敷金の充当を求めることはできるのでしょうか。
敷金は賃貸物件を退去して明け渡すときに充当されることが多いですが、そもそも敷金は賃貸借契約から生じる借主の貸主に対する金銭債務を担保するためのもので、賃貸期間中であっても貸主は未払賃料等に敷金を充当することができます。
反対に、借主側からは敷金を賃料等に充当するよう請求することはできません。なぜなら、これを認めてしまうと、借主は敷金で充当してもらえるから払わなくてもいいと考えてしまい、借主の請求によって敷金を充当することで担保である敷金が減ってしまうからです。
貸主は敷金の充当ができ、借主は敷金の充当を請求できないことについても、改正民法622条の2第2項で明文化されています。
よって、借主から滞納賃料は敷金から充当しろと言われても、貸主はそれに応じる必要はありません。
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