コラム Column
ソニー株式会社で8年半会社員として勤めた後弁護士となり、多くの訴訟等に携わる。
自らも一棟アパートを所有する不動産投資家であり、不動産投資に関する知識を有する法律家として不動産投資家のマインドを理解したアドバイスを心掛けている。
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自分の所有する賃貸物件を建て替えたり取り壊さなければならない必要性が生じた場合、物件に住んでいる賃借人には立ち退いてもらわなければなりません。
その場合、賃借人との間で立ち退き交渉をし、立ち退きに合意してもらう必要があります。立ち退きに合意してもらうためには、通常は立ち退き料を支払う必要があります。
しかし立ち退き料の金額は法律で決められているわけではないので、立ち退き交渉が上手くいかずトラブルになり、立ち退いてもらえず時間ばかりが過ぎてしまうということも起こりえます。
そのような事態にならないためにも、居住用賃貸物件の大家さんとしては、立ち退き料の相場や立ち退き交渉のポイント、立ち退きに関する全般的な知識を知っておくことが重要になります。
当記事では現役の弁護士が
などについて詳しく解説いたします。
居住用賃貸物件の立ち退き料の相場は家賃の半年〜1年分程度とする事例が多いです。
しかし立ち退き料は相場が客観的に定められているわけではなく、まずは貸主と賃借人とが交渉したうえで、賃借人が立ち退きを拒否した場合には、賃貸人が立ち退きを必要とする事情と賃借人が家屋を必要とする事情を考慮してお互いに納得できる金額で決定することが望ましいと言えます。
賃貸人の側から一方的にこの金額が立ち退き料となっているなどと決めつけて交渉すると、無用なトラブルを生んでしまう可能性もあります。
以下でその理由について解説していきます。
前提として、立ち退き料は必ず支払わなければならないと法律で定められているわけではなく、立ち退きを求める正当な理由を補完する貸主側の有利な事情として位置づけられるものになります。
では、なぜ立ち退き料を支払う必要があるのでしょうか。、
まず、賃借人は借地借家法という法律で守られており、貸主(賃貸人)の都合で一方的に契約を終了させることはできません。
借地借家法の規定によれば、家屋の賃貸借契約(以下「借家契約」といいます。)において賃貸期間の定めがある場合、期間満了の1年前から6ヵ月前までの間に賃借人に対して更新をしない旨の通知(以下「更新拒絶」といいます。)をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなされます(借地借家法26条1項)。
また、更新拒絶をしたとしても、「正当の事由」がなければ更新拒絶は認められません(同法28条)。すなわち、賃借人が立ち退きを拒否した場合、賃貸人の側に更新を拒絶する正当の事由がなければ、立ち退きを請求することはできないのです。そして、この正当事由を満たすための一つの事情として、立ち退き料を支払うことが必要になるのです。
正当事由が認められるための具体的な事情については、以下の記事で事例と合わせて詳しく解説されていますので、詳しく知りたい方はご参考ください。
また立ち退き料が必要となるもう1つの理由としては、立ち退き料を支払うことによって裁判によらず任意に賃借人に退去してもらうための手段として有効だからです。
上記で記載したように、賃借人は借地借家法により守られており、賃貸人は一方的に借家契約を終了させることはできません。よって、賃借人が立ち退きを拒否した場合においては、立ち退きは通常、賃貸人側から賃借人へお願い事として交渉が開始されます。しかし、賃借人は立ち退きによって引越料など大きな経済的負担を強いられるため、賃貸人から賃借人への財産上の給付なしでは交渉が難航することが予想されます。
その経済的負担を解消することは、交渉の材料として有効であり、納得感をもってスムーズに立ち退きしてもらえることに繋がります。任意に立ち退いてもらえた場合には裁判費用や弁護士費用がかからないですし、短い期間で立ち退きをしてもらえることが多いため、立ち退き料を支払ったとしても賃貸人にはメリットがあります。
立ち退き料とは、賃借人が賃借物件から立ち退く場合に被る不利益を金銭的に見積もって補償するものです。一般的に、立ち退き料は以下の3つの内容がありますが、賃借人が新しい住居に移転するにあたって発生する経済的な損失である①の内容が主な要素となります。
①立ち退きによって賃借人が支払わなければならない移転費用(引越料、仲介手数料、家賃の増加分、通信関係の費用など)
②立ち退きによって賃借人が事実上失う利益(営業権など。立ち退きの理由によっては精神的な慰謝料が必要となる場合もあります)
③立ち退きによって消滅する利用権(賃借権など)
それぞれのケースによって賃借人の事情は異なるため、事情によって内訳が異なってきますので、双方が納得できるように立ち退き交渉をする必要があります。
立ち退き交渉の目的は、賃借人にスムーズに立ち退きを行ってもらうために、双方の妥協点を探すことです。
ここでは立ち退き交渉のポイントについて解説します。
立ち退きに納得してもらうためにも、まずは賃貸人が立ち退きを必要とする理由を明確に伝えることが大切です。
理由を伏せたまま立ち退き交渉に挑むよりも、老朽化による建て替えなど、立ち退きの必要性を理解してもらった上で交渉に進むことで、立ち退きを前提として前向きに話を聞いてもらうことに繋がります。
立ち退き交渉となった場合、賃借人側にも家屋を必要とする理由があることが多いため、賃貸人が立ち退きを必要とする理由を一方的に伝えるだけでなく、賃借人が家屋を必要とする理由をヒアリングすることも大切です。賃借人が家屋を必要とする理由としては、例えば賃借人の経済状態や健康状態、家族との関係などがあるでしょう。その理由をヒアリングすることが交渉を有利に進めることにもつながります。
事前に立ち退きにかかる費用を計上しておくことで、交渉が具体的に進むだけでなく、立ち退きを強いられる賃借人の負担を理解しようとしている姿勢を示すことに繋がります。
賃借人との立ち退き交渉で決まったことについては、決まった段階で書面に残しておきましょう。
交渉が決裂した場合には裁判によって立ち退きを請求することになりますが、交渉中に決まったことを証拠として提出することで有利に裁判を進めることができます。書面に残していない場合、後で言った言わないの議論になったりして否定される可能性もあります。契約書というきっちりした形でなくても問題ありませんので、覚書のようなものを残しておくとよいでしょう。
賃借人と話合いの機会を持った場合には、決定事項がなかったとしても議事録として残しておくことも有効です。
交渉事ですので、もし賃貸人側が極端に有利な条件で立ち退き交渉を行っても、賃借人は納得せず、交渉が長引くだけでしょう。
先ほども述べたように、賃貸人が立ち退きを必要とする理由だけでなく、賃借人が家屋を必要とする理由もヒアリングしたうえで誠実に交渉をし、妥協点を話し合いましょう。
仮に賃借人が家屋を必要とする理由が過去の裁判例に照らして重要視されているような理由であれば裁判にならないよう任意の交渉でまとまるようにするなど、ケースごとに賃貸人側と賃借人側のいずれが強い立場なのかを考えながら交渉すべきでしょう。
賃貸人が立ち退きを必要とする事情と賃借人が家屋を必要とする事情を総合的に考慮した結果、「正当の事由」があると認められる場合には、立ち退き料を支払う必要はありません。
また、「正当の事由」があるという場合以外であっても、立ち退き料が不要になるケースもあるので、各々のケースについて解説します。
例えば建物が極端に老朽化している場合、倒壊の危険防止の必要性があるとして、「正当の事由」による賃貸借契約の終了が認められる場合があります。
ただし、建物が極端に老朽化しているという事情だけで「正当の事由」が認められる場合は少なく、「正当の事由」が認められるためには、家屋取壊し後の敷地の利用方法について貸主側の具体的な事情が必要となります。
敷地利用に関する具体的な必要性がなければ、正当事由を補完するために立ち退き料が必要になります。このように、貸主側が立ち退きを必要とする事情が弱い場合には、スムーズに退去してもらうために、「正当な事由」を補完するものとして立ち退き利用を支払ったほうが良い場合もあります。
建物が老朽化した場合の立ち退きについての具体的な交渉の流れについては、以下の記事で解説されていますのでご参考ください。
賃借人は、借家契約に基づいて賃借人としての義務を負っています。
例えば、賃借人は賃貸人に対し賃料を支払う義務を負いますし(民法601条)、定まった用法に従い物件を使用する義務を負います(同法616条で準用する594条1項)。賃借人がこのような義務に違反をした場合は、賃貸人は借家契約を解除することができます(同法541条)。この場合の契約解除は、賃借人の債務不履行があるか否かにより決せられるものですから、契約の更新拒絶とは異なります。よって、正当事由の有無は問題となりません。すなわち、正当事由の有無は問題とならない以上、立ち退き料を支払う必要はありません。
もし賃借人が債務不履行をしていた場合に、裁判で賃貸借契約の終了に基づく家屋明渡請求の認容判決を勝ち取ったものの、依然として立ち退いてもらえない場合については、以下の記事で解説していますのでご参考ください。
「立退きしないときの最後の手段!強制執行とはどんな手続き?」
借地借家法には、通常の賃貸借契約のほか、定期建物賃貸借(借地借家法38条1項)という類型の借家契約が定められています。この類型の契約は、定期借家契約とも呼ばれており、契約の更新がないこととする旨を定めた契約となります。
定期借家契約においては、あらかじめ賃借人に対し、賃貸借について契約の更新がなく、期間の満了により建物の賃貸借が終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならないものとされています(同条3項)。
定期借家契約においては、賃貸人は、期間の満了の1年前から6ヵ月前までの間に賃借人に対し期間の満了により建物賃貸借が終了する旨の通知をすることにより、立ち退き料を支払う必要なく契約を終了させることができます(同条6項)。
定期借家契約の場合において賃借人が建物の居住を継続したい場合は、新たに契約を結び直す必要があります。
以下の記事でも詳しく解説されていますのでご参考ください。
「定期借家契約のメリット・デメリット、注意点を弁護士が解説」
借地借家法には、定期借家契約のほか、取壊し予定の建物の賃貸借(借地借家法39条1項)という類型の借家契約が定められています。
取壊し予定の建物の賃貸借においては、法令又は契約により一定の期間を経過した後に建物を取り壊すべきことが明らかな場合において借家契約をするときは、建物を取り壊すこととなる時に賃貸借が終了する旨を定めることができます。
この契約は、建物を取り壊すべき事由を記載した書面によってする必要があります(同条2項)。この場合も、立ち退き料を支払う必要なく契約を終了させることができます。
立ち退き料に関し、立ち退き料の相場、立ち退き交渉のポイント、立ち退き料が不要なケースについて解説しましたが、いかがだったでしょうか。
立ち退き料には一般的に家賃の半年〜1年分程度という相場は存在するものの、それぞれのケースによって事情が異なるため、まずは賃借人と誠実に交渉することが、スムーズな立ち退きに向けて一番の近道になりえるでしょう。
今後、所有物件で立ち退きを検討しているオーナーの方は、当記事で得た知識を是非役立ててみてはいかがでしょうか。
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