コラム Column
弁護士(東京弁護士会)。慶應義塾大学法科大学院修了。
不動産トラブルに関する業務、家族信託・遺言作成業務などをはじめとする多岐の分野に携わる。
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【相談】国土交通省作成の原状回復に係るガイドラインは、事業用賃貸借にも妥当するのでしょうか。
私は、経営する会社の事務所として使用する目的で、商業ビルの1室を借りています。
この度、オフィスのスペースを縮小することとなり、より手狭な物件へ事務所を移転することになりました。
退去するにあたって、貸主から、賃貸借契約書に基づき原状回復をして明け渡すよう指示がありました。
賃貸借契約書において明渡し時の原状回復義務について定められているため、もちろん原状回復工事を行うつもりですが、貸主は、床や壁の張り替え等まで求めてきています。
賃貸借契約書には、「原状に回復する。」としか記載されておらず、原状回復の内容が明確ではありません。
国土交通省が出している原状回復に係るガイドラインを調べたところ、床や壁などの経年劣化については、賃貸人の負担であると記載されていたため、その旨を賃貸人に伝えたところ、そのガイドラインはあくまでも居住用賃貸借を前提としたものであるため、事業用賃貸借は別に考えるべきであると言われてしまいました。
私は、床や壁などの経年劣化についてまで、原状回復義務を負わなければならないのでしょうか。
【回答】事業用賃貸借においても、当事者間でガイドラインと異なる内容の合意や、ガイドラインを排除する趣旨の合意を行っていなければ、ガイドラインの内容は妥当することになります。
たしかに、国土交通省作成の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、民間の居住用賃貸借を想定して作成されたものです。
しかし、事業用賃貸借においても、当事者間で同ガイドラインと異なる内容の合意や、同ガイドラインを排除する趣旨の合意を行っていなければ、ガイドラインの内容は妥当することになります。
なお原状回復の義務については「店舗を明け渡した後に所有者が変更。原状回復の義務はなくなるのか?」で解説されていますので、詳しく知りたい方は是非ご参考ください。
国土交通省のホームページに掲載された「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は以下をご覧ください。
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
国土交通省が作成する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(以下「本件ガイドライン」といいます。)においては、原状回復を以下のように定義しています。
原状回復:「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」
そして、原状回復について、賃貸人と賃借人の負担割合等についての一般的な基準が示されています。
その負担割合については、「賃借人の通常の使用により生ずる損耗」(いわゆる経年劣化等)は賃貸人が負担し、「賃借人の通常の使用により生ずる損耗以外の損耗」(賃借人の故意・過失、善管注意義務違反等による損耗等)は賃借人が負担するとされています。
なお、本件ガイドラインは、あくまでも一般的な基準であり、法的な拘束力はありません。
本件ガイドラインの冒頭において、本件ガイドラインが作成された経緯について、次のとおり記載されております。
「このガイドラインは、トラブルが急増し、大きな問題となっていた賃貸住宅の退去時における原状回復について、原状回復にかかる契約関係、費用負担等のルールの在り方を明確にして、賃貸住宅契約の適正化を図ることを目的に、」「公表されたものです。」
つまり、もともと、本件ガイドラインが事業用賃貸借ではなく、居住用賃貸借を想定して作成されたことは事実です。
かかる経緯より、事業用賃貸借において、本件ガイドラインが適用されるのかが争いになった裁判例がありますので、ご紹介いたします。
東京地判平成25年3月28日
【事案の概要】 借主は、商業目的でビル1棟を賃借していました。借主が退去した後、貸主が借主に対し、原状回復費用を請求しました。 なお、賃貸借契約書においては、原状回復に関して、次のとおり規定されていました。
「借主の特別な使用方法に伴う変更・毀損・故障・損耗を修復し、貸室を原状に回復」しなければならない。
貸主は借主に対し、いわゆる経年劣化も含めて原状回復費用を負担するよう求めました。その根拠の1つとして、国土交通省が作成する「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、民間賃貸住宅の賃貸借契約を念頭に置いたものであり、事業用の賃貸借契約に関しては、同ガイドラインは考慮されないと主張しました。
【判断の内容】 裁判所は、本件ガイドラインの内容は事業用賃貸借において妥当しないという貸主の主張について、次のように判断しました。 「本件ガイドラインは、たしかに、民間賃貸住宅の賃貸借契約を念頭に置いたものであるが、」「本件賃貸借契約における原状回復の内容として、「借主の特別な仕様方法に伴う変更・毀損・故障・損耗を修復し、貸室を原状に回復」する旨定めていることからすると、通常の使用をした場合の経年劣化に基づく損耗は原状回復義務に含まれないと定めたものと解され、これと同様の解釈に基づいて定められている本件ガイドラインの内容自体は、本件賃貸借契約においても妥当するものである」 |
裁判所は、本件ガイドラインが居住用賃貸借を想定して作成されたものであることを認めつつ、事業用賃貸借においても、当事者の合理的な意思解釈により、本件ガイドラインの内容が妥当すると判断しました。
なお、事業用の賃貸借契約に関して、本件ガイドラインの解釈の適用を否定した裁判例もありますが(東京高判平成12年12月27日)、こちらは特殊な事情がありました。
東京高判平成12年12月27日の事案では、貸主が借主に事業用物件を引き渡した時の物件の状態は、「新築」でした。
そして、賃貸借契約においては、原状回復に関して、「本契約締結時の原状に回復する」旨が規定されていました。
上記事情を踏まえて、東京高裁は、借主側が賃貸借契約締結時の「新築」の状態に回復する、つまり、経年劣化も含めて賃借人が原状回復義務を負うと判断したのです。
原状回復について、賃貸借契約書において細かい規定がない本件については、賃貸借締結時の説明内容、賃料の設定方法、契約締結の経緯その他の事情を考慮して、当事者間で本件ガイドラインと異なる内容の合意や、本件ガイドラインを排除する趣旨の合意を行っていないかどうかを判断することになります。
仮に、かかる合意を行っていないと判断されれば、本件ガイドラインの内容が妥当すると言え、ご相談者は、経年劣化も含めて原状回復までをする必要がないと判断され得ます。
もし原状回復に関連したトラブルなどに遭ってしまった場合は、弁護士などの専門家に相談することをオススメいたします。
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