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取得物件の入居者立ち退きについて

相談者No.64
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いつもお世話になっております。
都心で賃貸マンションの開発をするにあたり、更地を購入するのではなく、既存の築古アパートを入居者付きで購入し、立ち退きを行って、立替を行おうかと考えております。
この様な物件は、周辺マーケットに比して、既存の賃料が大幅に安いがゆえに、収益還元により、更地価格相場よりも安くなってしまっているケースです。また、築年数は、少なくとも30年以上、場合によっては50年というケースも多いです。
購入後すぐに、「立ち退き交渉」もしくは「賃上げ交渉」いずれかを行うのかと考えております。
「賃上げ交渉」は賃上げ要望を行うことで、素直に上げてくれればそれで、立替までの一定期間の増収が得られますし、合意できなくて退去すれば、立ち退き料無く立ち退きできるので良いという2段構えの理由からです。
ここからご質問ですが、「立ち退き交渉」ではなく先に「賃上げ交渉」を行った場合に、「賃上げ交渉の長期間化」もしくは「賃上げの合意」がなされた後の「立ち退き交渉」となった場合、賃上げ交渉を行わずに「すぐに立ち退き交渉」を行った場合と比較して、立ち退きが認められにくくなる = 正当事由の補完に悪影響となる、ということはございますか。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

齋藤 拓

齋藤 拓 弁護士(福岡県弁護士会)


お世話になります。
ご相談に回答させていただきます。
賃上げ交渉を行わずに「すぐに立ち退き交渉」を行った場合と比較して、立ち退きが認められにくくなる = 正当事由の補完に悪影響となる可能性はあると思われます。


参考となる裁判例があります。
JR水道橋駅近郊の商業地域という土地高度利用の可能な位置に、昭和24年頃に建築された木造建物(本件建物)の賃貸人が、本件建物の敷地と隣接する土地にビルを建てて有効活用することを計画し、写真印刷等を事業とする賃借人に立ち退きを求めました。
裁判所は、賃貸人と賃借人との間で過去に争われた賃料増額請求訴訟での和解において、賃料が合意されてから4年余りしか経過していないことも考慮し、賃貸人が本件建物の明渡しを受ける必要性が、賃借人がこれを使用する必要性に勝るとは認められず、正当事由はないと判断しました(東京地方裁判所平成3年12月19日判決(判例時報1434号87頁))。
賃料増額請求訴訟において合意がなされたことが、正当事由の補完に悪影響となったと考えられます。


正当事由の有無は、賃貸人が建物を必要とする事情と、賃借人が建物を必要とする事情を基本的な要素として比較して、判断されます。
しかし、これだけでは判断できない場合には、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、建物の現況、立退料を補完的な要素として、正当事由の有無が判断されます(借地借家法第28条)。
賃上げ交渉は、建物の賃貸借に関する従前の経過として、正当事由の補完的な要素になると思われます。


現在、建替え・再開発の必要性が、賃貸人側の必要性となることは、当然に認められています。
もっとも、明渡し請求が認められると賃借人の生活や営業の基盤が奪われることから、建替え・再開発の計画は、賃借人の生活や営業の基盤を失わせるだけの必要かつ具体的なものでなければならないと考えられています。
計画の必要性や具体性が認められないことを理由として正当事由が否定された事案は多く見られます。
賃貸人が賃料の増額を求めるということは、賃貸借契約の継続を受け容れられる状況にあると認められて、上記裁判例のように、建替え・再開発の必要性がそれほど高くないと判断されてしまうおそれがあります。


ですから、建替えの目的で築古アパートを購入されるのであれば、賃上げ交渉を行われることは必ずしも妥当ではありません。
賃貸マンションの建築をご計画なのであれば、築古アパートの老朽化による危険性を十分に調査され(必要性)、また建築計画をできる限り具体化していただいた上で(具体性)、立ち退き交渉を開始される必要があります。

以上
※この投稿は、2020年10月01日時点の回答になります。ご自身の責任で情報をご利用いただきますようお願い致します。
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